ケルトン教授の記者会見:テキスト書き起こし

MMT(Modern Monetary Theory:現代貨幣理論)の主要な提唱者であるステファニー・ケルトン教授が来日され、7/16・17と講演されました。

7/16の講演後に行われた記者会見の模様がYouTubeにアップされていましたので、その内容をテキストに書き起こしました。

Q1. クルーグマンやサマーズがMMTを批判している。

理由として、財政出動金利上昇を引き起こして、クラウディングアウトや民間需要の減退を招くから。

また、その他の彼らの批判についても、どう考えているか。

 

ケルトン教授)クルーグマンは、MMTの考え方の下では赤字はどうでも良い、またサマーズは、MMTの考え方の下では無制限に紙幣を印刷して良い、と述べているが、2人とも間違えている。

MMTは、そのような主張はしていない。

MMTが主張しているのは、資源の制約こそ注意すべきということ。

資源の制約とは、すなわちインフレ。

クラウディングアウト理論の問題は、政府の赤字により民間の貯蓄が枯渇するという主張。

MMTは、財政赤字により民間の貯蓄が増えると考える。

クラウディングアウト理論の欠点は、貯蓄の供給量が固定化されていることを前提としている点。

 

Q2. 日本の現状を考えた時に、最もすべきことは何か。

また現在の政策で間違っている点は何か。

 

ケルトン教授)最も大切なことは、日本の消費者の自信を安定化させることである。

日本経済は、アメリカと同様に資本主義であり、家計部門の支出こそ経済全体の成長にとって重要である。

よって、消費者心理を安定化させること、所得を手放して支出し、借り入れることにより、新たな支出に回しても良いと思っていただくこと。

政策決定者にできることは、例えば、財政支出

金融政策は、民間部門が借りる、融資を受けることで、初めて中央銀行の政策が機能するが、財政政策の場合は、直接所得を引き上げることにより効果を発揮するので、消費者がより多く支出する確率を上昇させることが可能。

 

Q3. MMTを前提とした財政政策の唯一の制約はインフレであるとおっしゃったが、その場合、許容されるインフレの範囲は、その国のどのような要素に基づいて、どのように判断すべきか。

またインフレを抑制するための手段として税を挙げておられたが、税制の変更は非常に複雑なプロセスを必要とする。

MMTに基づいた財政政策がきちんとインフレをコントロールできるのか。

またどのような手法によってコントロールできるのか。

 

ケルトン教授)良い質問をありがとうございます。

物価指標によってインフレが決定されるので、インフレ指数を決定している構成要素を見ることにより、インフレの源泉を把握する必要がある。

インフレの源泉に注目して、把握した上で対応策を検討しなければならない。

インフレが適正水準かどうかの判断は、賃金上昇率との相対性を考慮する。

インフレ率に対して、賃金上昇率が追随しているのであれば、消費者の購買力は侵食されない。

需要が増加すると、物価と生産力の両方に圧力がかかるが、その両方で対応できていれば、支出の痛みが重くなっていることにはならない。

日本もアメリカも2%物価上昇率を目標設定しているが、インフレの源泉が医療費なのだとしたら、薬価が高いのかもしれないので、処方薬の価格について政府として交渉しなくてはならないのかもしれないし、インフレを牽引しているのが住宅価格であるという結論に至ったのであれば、家賃の引き下げや、安価な住宅の提供を進めることが必要。

 

Q4. 日本はMMTを実践しているという主旨の発言をされているが、日本政府はそのようなつもりはないと発言している。

このような日本政府の反応についてどう思うか。

 

ケルトン教授)そのような記事を読んだことはあるが、私の発言として正式に引用されて掲載されたことはないと思う。

日本がMMTを実践しているという発言をしたことは一度もありません。

ただ、日本は世界に対して重要な教訓をたくさん立証してくれている、MMTがここ数十年主張していたことが正しいことを立証してくれたということは述べた。

一例を挙げると、赤字があるからといって自動的な利上げにつながるわけではないし、民間投資のクラウディングアウトにつながるわけでもない。

赤字が90%を超えると多くの金融機関が支払不能に陥って破綻が連続するとか、金融緩和がインフレ的であるという論調もあるが、日本が実践してきた政策により、MMTが正しかったことを証明してくれた。

ただMMTを実践しているとは述べていない。

MMTにもっと整合性のある政策を日本政府が採っていたのなら、もっと財政政策に依存しているはず。

その場合には、現状の日本よりも高い成長率を達成しているはず。

 

Q5. MMTでは、完全雇用が達成される過程において、一定のインフレが発生するとされていると思うが、今の日本においては、ほぼ完全雇用が達成されているにもかかわらず、インフレの兆しがなく、財政出動も続いているが、これはMMTとは矛盾するのでは?

 

ケルトン教授)そうは思いません。

おそらく今の日本は、2年前のアメリカに近い状況。

当時のアメリカは、インフレ率が低い水準であった。

追加刺激策としてインフレが必要、なぜならば完全雇用であるからという主張が主流であったが、それは正しくなかった。

それは後でわかったことであるが。

アメリカ経済においては、経済学者が思っていたよりも余地が残っていた。

その後で財政拡大策が採られ、大幅な減税行われ、経済成長率が引き上げられ、さらに失業率が下がった。

そして、やっと最近になって、物価上昇率2%近くになってきている。

つまり、潜在能力がどのくらいか、また上限まで雇用が到達しているかどうかを判断するのは、非常に難しい。

賃金圧力がないということは、もしかしたら日本も完全雇用と言いつつも過小雇用なのかもしれないし、隠れた失業があるのかもしれない。

もしかしたら先週ニュースの見出しを読まれた方もいるかもしれないが、オカシオコルテス下院議員が、FRBに対して、アメリカ経済の改善余地に関して過小評価した、利用したモデルの解が間違っていたのではないかと質問し、FRBのパウエル議長は誤りを認めた。

本当に十分失業率が下がったか、これ以上余地が残っていないかということを判断するのは極めて難しく、モデルが常に正しい解を出してくれるわけではない。

まずインフレ圧力が発生し、その後に生産能力において、どこにまだ余地が残っているかがわかる。

 

Q6. 日本では10月に消費税増税が行われることになっているが、財政赤字を気にする必要がないというMMTによれば、国の借金を返すための消費税増税は必要ないということでしょうか。

 

ケルトン教授)正しいです。

 

Q7. 米ドルや日本円のような基軸通貨以外でも、MMTの適用は可能か。

 

ケルトン教授)MMTはマクロ経済のフレームワークであり、以下の条件を満たす経済においては、うまくいきます。

・自国通貨を発行している政府であること

・変動相場制であること

国債発行が自国通貨建てであること

これら条件を満たしている国であれば、MMTはうまくいく。

アメリカも、日本も、英国も、カナダも、オーストラリアも、全てこれらの条件を満たしている。

変動相場制ということは、為替相場が上下動するわけで、その時時において、政府が自国通貨高を望むのか、自国通貨安を望むのか判断するのが難しい。

これはトランプ政権だけでなくオバマ政権にも言えることで、一方では強いドルを標榜すると発言しておきながら、中国を為替操作国というふうに批判する、ドルが高すぎると文句を言うことがある。

戦略的に自国通貨高を望むのか、それとも輸出促進のためにドル安を望むのかを判断するのは難しい。

ただ為替が変動することにより、各国が自国の国内雇用を極大化するための予算、余地がないということにはならない。

 

Q8. 日本は膨大な公的債務を抱えている中で、政府が自ら紙幣を発行できるという考え方に照らし合わせれば、このまま公的債務が膨らんでいくことに問題はないというふうにお考えでしょうか。

 

ケルトン教授)そうは考えていません。(注:通訳者の誤訳?)

もし問題があるとすれば、それはインフレという形で具現化されているはず。

国の債務というのは、過去において、政府が出動した財政支出のうち、税金により取り戻さなかった分の履歴でしかない。

それが日本国債という形で貯蓄されているだけ。

その貯蓄の今までの歴史的な記録である。

本当にリスクがあるとすれば、その貯蓄によって、行き過ぎたインフレで支出のレバレッジが高くなりすぎるという現象が起きているはず。

日本ではそのような兆候は一切起きていないし、しばらく起きるとも誰も思っていない。

日銀が購入している国債は全て償還したというふうに受け止めても良い、つまり、あたかも日銀が発行したことがなかったというふうに見なしても構わない。

問題の兆候はインフレによって現れるが、日本ではそのような兆候は現れていない。

 

Q9. MMTで一番気をつけるべきなのはインフレであるとのことですが、インフレが急激に進んだとしても、引き締めに転換ができるのかどうか、それが難しいのではないかという指摘がある。

実際に急激に引き締めをしてしまった場合、インフレ下の景気悪化という深刻な事態を招きかねないという懸念があるが、インフレを避ける方法、もしくは抜け出す方法はあるか。

 

ケルトン教授)MMTは決してインフレ的ではありません。

MMTは処方箋であり、眼鏡であり、それを通して分析することによって、財政余地がどのくらいあるかを把握するということ。

例えば、現在の日本において、生産能力いっぱいいっぱいまで稼働しているとして、ここから新たな支出を行ったならば、これは公的部門だけではなく、民間部門における銀行の信用供与とか、住宅ローンの融資とか、自動車ローンの融資とか、1銭でもやったとしたら、即インフレにつながってしまうほどに経済にキャパが残っていない、これ以上支出を増やすことによって、供給も対応できないということならば、心配すべきだとは思う。

我々が主張したいのは、インフレリスクについて深掘りした分析を行っていただきたいということ。

その結果、もうMAXのキャパに近いということであれば、信用供与の量を調整しなくてはならないかもしれないし、融資を出すときのLTV比率も調整しなくてはならないし、銀行部門が貸出を行わないようにすることを奨励しなくてはならなくなるかもしれない。

でも、どなたもそんな心配はされていないと思います。

融資が増える、民間支出が増えることによって、インフレになってしまうという状況ではないということですし、他国がもっと日本製の製造品を買いたくなったからといって、日本の生産能力がそれに対応できなくなるんじゃないかということを、どなたも心配されていない思います。

ですから、その2つのことを心配していないのであれば、あと1円政府が使ったとしても、インフレは起こらないわけです。

 

Q10. 政策の制約、限界というのは、本当にインフレだけで良いのか。

日本のバブルの崩壊は、バブル発生時にはインフレはそれほど高くなかった。

またリーマンショック後もそれほどインフレは高まっていなかった。

インフレ以外にも、例えば、金融の不均衡は蓄積しうるし、それが崩壊した時にはバブルの崩壊という大きな経済的被害を被る。

本当にインフレだけを見ていれば良いのか。

 

ケルトン教授)素晴らしい点をご指摘くださって、全面的に同感です。

十分に時間がなかったので、MMTの包括的な内容を示すことができませんでした。

MMTにとって、ミンスキーの研究は極めて重要で、ミンスキーは金融バブルについて懸念していた。

レバレッジが上昇することにより、民間のリスクが上昇するのは危険であるということを指摘している。

金利上昇局面において、借り手のバランスシートが安全であったのが、より高いリスクに移行するということは、気にしなくてはなりません。

1MMTにおける重要な主張は、金融政策よりも財政政策に強く依存すべきということ。

金融政策は、債務が上昇して、レバレッジが高くなって、借り手による借金が増えている時に、機能する。

一方、財政政策は、債務に影響を及ぼすのではなく、所得上昇をきたすということ。

ですから、サマーズが、過去3回のアメリカにおける景気拡大局面は、全てバブルによって引き起こされたと主張する点については、全面的に同感です。

なぜそのようなことが起きたかというと、アメリカは財政政策よりも、中央銀行による政策に依存を高めたということ。

つまり、経済成長を果たすための条件を、中央銀行が様々な操作によって整えてくれるということに依存してしまったから。

ただ、中央銀行に与えられている道具は1つしかなく、金利のみである。

ですから、利下げによって借り入れを増やし、それが消費を支えているという構図になる。

ところが、それが行き過ぎて債務が増えすぎると、株価バブルであったり、テックバブルであったり、住宅バブルになる。

ですから、民間債務が引き上がり、資産価格バブルが発生するという経済成長が起きる。

しかし、それは健全な経済成長ではない。

 

Q11. MMTは財政政策に重きを置くとのことだが、金融政策はそれに付随するとなると、中央銀行の独立性というのは、なくなっていくということでしょうか。

 

ケルトン教授)回答は「ノー」です。

中央銀行の独立性というのは、政府から、どのように金融政策を実行するのかという明言を受けないというもの。

MMTは、そこを変えようということは一切主張していません。

中央銀行は、政府の財政エージェントとして、政府に代わって清算を行う。

つまり、ある追加歳出が政府の承認によって認められたならば、中央銀行が政府の代理としてその清算を行うということ。

つまり、どこかの銀行口座の数字を変更することによって、政府による支出があったということを反映させて清算する。

もし中央銀行がそのような清算を拒絶するというのなら、秩序ある清算制度に支障をきたしてしまう。

それは中央銀行の役割そのものを脅かすということになる。

そのようなことを主張しているわけではない。

ですから、MMTによって中央銀行の独立性が侵食されるということは一切ない。

 

Q12. MMTでは、インフレは需給の加熱から起こり、その前兆があるとのことだが、急激なインフレは、貨幣がその価値を損なう時に起こると懸念されている。

MMTは、政府の徴税権が貨幣の価値の源であるといいますが、政府自体が信用を失うような事態、またどれだけ貨幣を積んでも政府が何も買えなくなるような事態は想定していますか。

 

ケルトン教授)今の質問を100%正しく理解できたかどうかは若干不安が残るが、もう20年以上も2%の物価上昇を達成できないでいる国において、記者の皆様から発せられる質問が全て過度なインフレについての質問であるということが、関心深いと思いました。

MMTよりも、インフレリスクを重要視している経済学派は存在しないと思う。

MMTは、決してインフレのレシピではない。

むしろその逆で、MMTの枠組みを政策決定者に対して提供することによって、新たにその政府が承認した財政出動にまつわるインフレリスクについて、きちんと考えてほしいということを提案している。

ですから、物価安定と健全な経済成長は、両立して実行されなくてはならない。

つまり、物価安定のために政府支出が犠牲になるということは、あってはならない。

 

Q13. 利上げをしたほうが物価が上がるというメカニズムを簡単に教えていただきたい。

また、それはどのような場合に実行すべきか。

 

ケルトン教授)仕組みとしては、利上げは反生産的かもしれない、むしろ物価上昇圧力になるかもしれないということは、ミンスキーも主張している。

つまり、金利というのは企業にとってはコストであって、運転資金などの融資を受けた場合は、利上げによってそのコストが上昇する。

それはあたかも人件費が上昇するかのように、企業にとっては経費が上昇する。

そこで企業としては利益率を維持するために、また利払いを賄っていくために、価格を引き上げるかもしれない。

一方、利子は、国債保有者にとっては、所得になる。

よって、利上げによって、誰かの所得が増える、国債保有者の所得が増える。

そうすると、その増えた金利所得を活用して、国債保有者は支出をする。

そして、その支出が圧力となって、すでに生産能力がいっぱいいっぱいに到達した経済であれば、それが物価上昇の圧力になる。

その2つを注意しなくてはならない。

 (注:一部、意味が伝わりやすいように、通訳の方が言っていた内容から修正を加えています。)

 

日本においては、MMTが「お金を無限に刷ることができる打ち出の小槌」のようなの伝わり方をしていますが、ケルトン教授のお話からは、財政政策を重視し、インフレ率に気を配るべきという主義主張が色濃く浮かんできます。

日本に限らず、世界中で、金融政策に頼りすぎて、財政政策には頼らなかった結果、起こってしまった数々の失敗について、反省を促すような内容と受け取ることができます。