ビル・ミッチェル教授来日 〜 第2回 MMT国際シンポジウム「MMTから考える日本経済の処方箋」

11月5日に衆議院第一議員会館 多目的ホールにて催された「第2回 MMT国際シンポジウム MMTから考える日本経済の処方箋」に参加し、講演を聴講しました。

MMT(Modern Monetary Theory)の名付け親である、オーストラリア ニューカッスル大学 ビル・ミッチェル教授の講演が最大の目玉でした。

その他の講演者は、
藤井聡教授(京都大学大学院)
青木泰樹特任教授(京都大学レジリエンス実践ユニット)
柴山桂太准教授(京都大学大学院)
合計4名。

また講演の後には、ビル・ミッチェル教授に対する質疑応答の機会も設けられました。

私はメモを取りながら聴講していましたが、私がフォローできた範囲内において、以下に内容をまとめます。

また後日、主催者側から動画の公開等もあるようですので、詳細な内容につきましては、そちらをご参照ください。
(11/18追記:動画がYouTubeにて公開されましたので、このエントリにも埋め込みます)

1.ビル・ミッチェル教授「MMTから考える現代日本政策実践の試み」


ビル・ミッチェル「MMTから考える現代日本の政策実践の試み」(京都大学レジリエンス実践ユニット 第2回MMT国際シンポジウム)

 

・政府の財政赤字クラウディング・アウトは、主流派経済学の考え方である。

・(日本政府の財政赤字や、日銀の国債保有、日本のインフレ率等のグラフを示した上で)大量の国債発行にも関わらず、国債の利子率はマイナスであり、全くインフレになっていない。これらは主流派経済学では説明できない。
主流派マクロ経済は"FAKE KNOWLEDGE"(嘘の知識)である

GDP成長がマイナスの時期は、消費税増税と重なる。
→繰り返しの消費税増税は愚策であり、今回の消費税増税における低減税率の効果も限定的であろう。

・主流派経済学はGIGO(Garbage in garbage out;ゴミを入れればゴミが出てくる)である。主流派経済学の罪は大きい。

 

MMTについて】

・25年前(1994年くらい)から研究を始めた。当初から日本経済を研究していた。日本経済の研究はMMTの発展に役立った。

パラダイムシフトは葬式ごとに起こる。世代交代が必要。

・安倍首相、麻生財務相MMTに否定的。逆に、消費税等の害の多い政策を実施している。

MMTはレジームではないMMTはクレイジーだという言説は不適切。

MMTは「レンズ」である。政策セットではない。政策の帰結がわかるレンズである。

 

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(講演プレゼン資料より引用)

MMTの場合、通貨の主権があるかどうかを問題にする。
通貨の主権があり、完全雇用(注:人だけでなく、設備機械等も完全に稼働している状態を指すと思われる)でない場合、財政的な制約はない。あとは政治的な判断。

 

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(講演プレゼン資料より引用)

・通貨の主権がない場合(EU諸国など)、完全雇用でない場合でも、財政的な制約がある。実際にイタリア等ではひどいことになった。

 

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(講演プレゼン資料より引用)

・主流派マクロ経済学の場合、通貨の主権は問題にしない。
また完全雇用でない場合でも、お金がない、赤字であるからできないと言う。
→主流派は問題を悪化させるだけである。IMFの緊縮財政などもそう。失業や半失業が蔓延する。

MMTでは、支出が雇用を産む。全ては支出から始まる

・不完全雇用の状態ならば、支出によってそのギャップを埋める必要がある。
→この際、政府は財政赤字になる。

・赤字か黒字かは、良いとも悪いとも言えない。文脈(context)によって決まる。

・国民の生活が大事。完全雇用に近づけることが大事。リソースを最大限に、効率的に使う。

・インフレのリスクについて。全ての支出はインフレのリスクを伴う。リソースの制約を超えて支出すれば、インフレになる。民間部門の過剰投資も同様。

 

高齢化社会について】

・人口減少や高齢化によって、依存人口比率(労働人口に対する非労働人口の割合)が増大する。

・肉体労働は高齢では難しい。労働年齢を高めるのは、おすすめしない。

・労働参加率を高める必要がある。日本は女性の労働参加率が低い。

 

【何が問題か?】

・主流派がお金を気にする。財政再建、依存人口比率上昇、医療費削減など。
→自国通貨で賄えば良い。これでは問題が悪化してしまう。

実際の問題は生産性である。正しいのは;研究開発投資をする。教育をする。NEETを放置しない。将来のために若者に投資をする。

 

【気候変動について】

・炭素から脱炭素への移行により、敗者が出てくる。例えば、石炭産業など。
→公正な移行(Just Transition)が必要。その際の「財源は?」という問いに対してもMMTが重要。

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(講演プレゼン資料より引用)

 

2.藤井聡教授「MMTによる令和『新』経済論」


藤井聡「MMTによる令和『新』経済論」(京都大学レジリエンス実践ユニット 第2回MMT国際シンポジウム)

 

MMTとは、新しい財政規律を主張する理論である。

財政制約とは不道徳である! 政府に必要なのは道徳である。
MMTに基づいて、政府の不道徳を正す。

・Real Constraint(実物資源の制約)、実物経済の供給能力が重要。
Financial Constraint(財政上の制約)は、不道徳であり、正義ではない。転換が必要。

・「財源は?」(アホみたいな言い方で)
「あるやないか!」(MMTに関する自著を見せながら)
のセルフボケ&ツッコミを3〜4回繰り返し。会場内笑い。
WHY NOT?(なぜやらない?)

MMTは異端か?
→NO。巨人の肩の上に乗っている。100年以上の伝統がある。主流派経済学者たちの批判もすべて誤解である。

MMTの政策論を理解する7つのポイント
財政赤字は貨幣供給である。
財政赤字の上限は過剰インフレ(3〜4%程度)である。
財政赤字の下限はデフレ(2%以下)である。
④政府は貨幣の供給者。国民は貨幣の利用者。
⑤だから日本政府は、円建て国債で破綻しない。
国債発行は、金利を高騰させない。むしろ下落させる。
⑦インフレ率の調整には、ビルトインスタビライザーの重視が必要。

MMTの基本的な考え方
財政規律ではなく、国民の幸福(失業率、賃金、金利、インフレ率)

MMTにおけるインフレ対策とデフレ対策(表は省略)
スタグフレーション(悪性インフレ)はダメ。エネルギーや物流コスト等の引き下げは悪性インフレをもたらす。

・日本経済の診断
デフレ。マネー循環が低迷している。
→緊縮財政のせい。消費税減税は必須。

・ありがちなMMT批判の例
「インフレになれば政府支出を縮小せよというが、そんなの無理だ!」

MMTが示唆する結論
日本は財政破綻金利高騰を恐れるあまり、デフレを放置しすぎた。
→格差拡大、国力衰退、財政悪化。

MMTが、財政破綻金利高騰が杞憂であることを明らかにした。
→インフレ率2%の安定的実現に向けた、消費減税と積極財政の展開。

 

3.青木泰樹特任教授「MMT信用創造過程」


青木泰樹「MMTと信用創造過程」(京都大学レジリエンス実践ユニット 第2回MMT国際シンポジウム)

 

ケインズ経済学と新古典派経済学の系譜(概略)

MMTアプローチと中銀の金融政策姿勢
MMTは実務と理論。必ずしも理論が上位ではない。理論には前提が必要である。

・中銀による政策金利決定のプロセス(ここでは詳細は省略)

・中銀による金融政策の限界
世界的な名目金利の水没。日銀による量的緩和も失敗。

主流派経済学は金融政策中心、財政政策は副次的な位置づけ。
→主流派論理からの脱却が必要→MMTに対する関心の高まり

・主流派経済学は貨幣の又貸しを想定
金融仲介機能だけを想定。現金の全体量は一定(外生説)。
→現実の信用創造過程を説明できない。

MMTに基づく信用創造過程(市中銀行
万年筆マネー(キーストロークマネー)。財源は不要。
中銀は民間預金をコントロールできない(内生説)。
クラウディングアウトは発生しない。

MMTに基づく信用創造過程(中央銀行
量的緩和の財源をどのように調達したのか?
市中銀行の日銀当座預金(準備預金)に記帳したのみ。

国債発行と償還に関する三要諦(事実)
国債発行はそれ自ら財源を生む。
国債発行は民間預金と準備預金を純増させる。
③徴税による国債償還は民間預金を純減させる。

国債は借り換えるのが世界の常識である。

MMTの実践的拡張:国債を明示的に導入する。
国債の借り換え、日銀乗換で良い。

 

4.柴山桂太准教授「MMT新自由主義を超えうるか」


柴山桂太「MMTは新自由主義を超えうるか」(京都大学レジリエンス実践ユニット 第2回MMT国際シンポジウム)

 

新自由主義体制の特徴
緊縮財政。インフレファイターとしての中央銀行の独立性確保。「資本友好的」政策。グローバル化。90年代以降は左派も社会主義職を脱し「New Labour」へ。

・その結果は?
繰り返される金融危機。長期停滞、日本化(Japanification)。格差・不平等の拡大。「バブルのリレー」。政治の混乱。

MMTの挑戦
家計や企業(user)と、政府は異なる。
→政府は通貨の発行者(issuer)であり、財政上の制約はない。

政府の赤字は民間の黒字。

実験的な金融政策(金融緩和、マイナス金利)には否定的。

JG(雇用保障)プログラム。

・政治的左右を超えて
MMTは「レンズ」であり、イデオロギーによらない。

緊縮財政の呪縛を解く。

どのような社会的目標をおくべきか
→国民的な議論を。

 

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(講演プレゼン資料より引用)

アメリカ(左)とイギリス(右)で、中国からの輸入に対して脆弱な地域(赤色)ほど、トランプ支持が多い、またはBrexitへの賛成が多い。

・日本の一極集中
サウジアラビア(砂漠の国で住める場所が限られている)よりも酷い。

・日本は、先進国中でも公務員数が少ない。
→1960年代から。女性の社会進出にも影響。

・日本は、教育への公的支出が低い。
→1990年代から低迷。本当に酷い状況。

 

5.質疑応答(ビル・ミッチェル教授)

私の知識、理解が足りていないため、あまりフォローできませんでしたが、簡単に内容をご紹介します。

 

Q. オリビエ・ブランシャールがMMTに言及したことについて。

(ビル・ミッチェル教授)
パラダイムについて、まず若者が違和感を感じると、その後パラダイムシフトが起こる。
経済学においても、金融政策から財政政策を重視する流れが見え始めている。
クルーグマンでさえ、以前は日本は財政破綻すると言っていたのに、発言が変わりつつある。

 

Q. ベーシックインカムには否定的であるそうですが、MMT的に言って何が問題なのか?

(ビル・ミッチェル教授)
MMTでは、物価安定のために、失業・過小雇用のバッファーストックを利用する。
政府は、ゼロ・ビット・リソース(誰も入札していない実物資源)である失業者を利用することができる。不況時には、多くの労働者をJGP(雇用保障プログラム)に入れたい。職を与え、所得を与えることにより、インフレ圧力を発生させる。
ベーシックインカムは貧困に対する1つの解決法だが、新自由主義に対する降伏でもある。
また仕事は社会的アイデンティティであり、自尊心でもある。

 

Q. 「われわれの血税」という言い方は良くないのか?

(ビル・ミッチェル教授)
良くない。嘘だから。
税は民間のお金を政府に移管することである。逆に、政府は貨幣を発行して、民間に提供できる。

Q. 税は国への貢献であると教えられる。その考え方を変える方法は?

(ビル・ミッチェル教授)
2000万ドルの質問である(とても良い質問という意味?)。
難しいが、教育によって変えるしかない。
MMTへの理解が深まれば、変わるかもしれない。簡単ではない。

 

Q. 日本がMMTに基づいた政策を実施する際に、見るべき指標は? また政府ができることは?

(ビル・ミッチェル教授)
MMTはレンズであるから、まずは正しいレンズを身に付けること。
私はオーストラリア人であり、部外者なので、日本のことはわからないが、国に関わらず共通する政策はあるかもしれない。
国民が議論することである。

 

Q. 主流派経済学はこれまでに解決策を出せていないにも関わらず、主流であるのはなぜか?

(ビル・ミッチェル教授)
19世紀末に、労働組合と福祉の需要が高まった。今の主流派は、この流れを逆転させようとしている。
実際、新自由主義では良くならなかったし、主流派は答えを用意できない。今転換が起こりつつある。

 

以上です。

私の感想としては、ビル・ミッチェル教授は、MMTの紹介やアピールというよりも、日本の現在の状況を踏まえたレクチャーをしてくださったと思います。
まずは、そのことに感謝したいです。
またご自身の考えを押し付けるのではなく、日本のことは日本人が考えるべきという示唆も与えてくださったと思います。
日本の経済政策の失策により、今のような歪な状況になったのは、間違いなく我々日本人のせいですので、MMTのレンズを身に付けた上で、我々自身がどうすべきかを考えていく必要があると感じました。

また個人的に、柴山先生の講演内容がたいへん興味深かったです。
MMTのレンズを付けて世界を眺めたらどうなるか、を実践されていると感じました。